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鳥取地方裁判所 昭和56年(行ウ)2号 判決

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告が昭和五一年五月八日付で原告に対してなした停職六か月の懲戒処分はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は昭和五一年五月八日当時米子鉄道郵便局に勤務する郵政事務官であつた。

2  被告は原告に対し昭和五一年五月八日国家公務員法八二条一号及び三号並びに人事院規則一二―〇により停職六か月とする旨の同日付の懲戒処分書を交付した(以下、本件懲戒停職処分という。)。被告は懲戒処分書の交付と同時に原告に対し処分説明書を交付したが、その処分理由は「原告は、昭和五〇年一一月二七日午後五時過ぎころ、米子鉄道郵便局庶務会計課主任某の退局途上、鳥取県米子市万能町路上において、同主任某の背部に後方から一回体当たりし民家のトタン張り外壁に衝突させ、もつて、加療約二か月を要する左肩峰突起亀裂骨折等の傷害を負わせる等した。」というものであつた。

3  しかしながら、原告において処分事由は存在しない。

4  原告は本件懲戒処分を不服として昭和五一年七月三日国家公務員法九〇条及び人事院規則一三―一により人事院に対し審査請求の申立てをした。人事院は右申立てを受理し昭和五六年一月一四日付で本件懲戒処分を懲戒減給(六月間俸給の月額一〇分の一)の処分に修正する旨の判定をなし右判定を同年二月二五日付で原告に送付した。

以上のとおり本件懲戒処分は違法であるから取消されるべきである。よつて、本訴に及ぶ。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1、2、4の事実は認める。

2  同3は争う。

三  被告の主張

1  原告は昭和五〇年一一月二七日午後五時過ぎころ米子鉄道郵便局庶務会計課主任船越克哉の退局途上鳥取県米子市万能町の路上において同主任の背部に後方から一回体当たりし民家のトタン張り外壁に衝突させもつて加療約二か月を要する左肩峰突起亀裂骨折等の傷害を負わせる等した。

2  以上により被告は原告の行為が国家公務員法八二条一号及び三号並びに人事院規則一二―〇に該当すると判断し本件懲戒処分に及んだものであるが、その具体的事実は以下のとおりである。

(一) 全逓信労働組合鳥取地区本部は全逓労働組合の方針を受けて昭和五〇年一〇月一一日及び同月一二日開催の第三八回地区委員会において闘争目標として「ストライキ権奪還闘争勝利」「組織の強化、拡大勝利」等を掲げ、その闘争手段として組織拡大をテーマとしたワツペン着用行動を展開することを決定した。他方、全逓信労働組合米子鉄道郵便局支部(以下、鉄郵支部という。)は同月二六日から実施予定のいわゆるスト権ストに向けて組織内の意思を統一し職場内の連帯意識を強化する目的でワツペン着用闘争を実施することとし、前記地区委員会に先立つ同年一〇月四日「スト権奪還、組織強化拡大」「より強い一つの組織を」とのスローガンと全逓のマークを記載したワツペン(縦約六センチメートル、横約七センチメートル)を各組合員に配布しこれを着用するよう指示した。

しかし、同年九月二二日付で米子鉄道郵便局へ転任してきた庶務会計課主任船越克哉(以下、船越という。)は鉄郵支部から配布された前記ワツペンを同年一〇月六日になつても着用しなかつた。

そこで鉄郵支部は説得活動を続ける一方、同年一〇月八日第三四回支部委員会を開催してワツペン不着用者に対する対処を検討し、併せて同月二二日船越に対し公開質問状を掲示するなどし、更に同年一一月一日から同月二六日までの間説得活動と称するいやがらせ行動を展開した。

(二) ところで原告は同年一一月二七日午後五時ころ米子鉄道郵便局庶務会計課事務室に赴き書記長潮、地区青年部長安藤(以下、潮、安藤という。)他組合員数名(以下、これらの集団を組合員らという。)とともに、退庁の準備をしていた船越を取り囲み同人に執拗に話合いの強要をした。船越は午後五時〇四分ころ同局庶務会計課課長伊藤、浜田課長代理、佐伯主事及び末長主事(以下、伊藤、浜田、佐伯、末長という。なお、船越を含めてこれらの集団を船越らという。)に付き添われて帰途につき同事務室から同局西通用門を通り同局に接した国道一八〇号線脇の歩道に出、同局東通用門を経て仁科金物店倉庫付近まで歩いたが、この間組合員らはことさら船越らの直前に立ち、あるいは側面に密着し大声を発しながらこれらの歩行を執拗に妨害した。そこで伊藤は船越を促し進路を変えてUターンし、同国道を南に向つて急ぎ足で進み、これに浜田、佐伯、末長も従つたので組合員らは船越らを駆け足で追いかけた。船越らは同局前まで戻つて同局から更に約四〇メートル離れた県営駐車場と日本レンタカー駐車場との間の路地(幅員約一・五メートル)を右折し万能町通りへ向かおうとした。

(三) ところが、船越らは午後五時一三分ころ路地入口付近で組合員らに追いつかれた。原告を含む組合員らは船越を取り囲み口々に「話をなぜせんのか。」などと話合いを強要しながら船越の進路を妨害し、伊藤、浜田らとの間でもみ合い状態となつた。まもなく船越は右のもみ合い状態から脱して同路地を万能町通りに向つて足早に歩きはじめた。そのときの船越らの位置関係は先頭を浜田、伊藤が並んで歩きその後ろを船越が、船越の後ろを佐伯、末長が並んで位置し、その後ろを組合員らが追いかける状態であつた。路地を通過する際も潮が船越に追いつき小走りで船越の直前に回り込んでは急に立ち止まるなどしてその歩行を妨害した。

(四) 右路地入口付近から約五〇メートル先の石川キヨ子宅前路上(以下、本件現場という。)において潮がまたも船越の前に出て急に立ち止まつたため、船越もとつさに立ち止まり潮の左側を通り抜けようとした。このとき原告は船越の後方のやや右側を歩行していた佐伯の右側を足早に追い抜きその前方で潮の前記行為により一瞬立ち止まつていた船越の右背部にやにわに勢いよく体当たりをした。このため船越は左前方にのめる状態で一、二歩崩れるようになり、石川キヨ子宅の波型亜鉛鉄板張りの外壁に「ドン」という音とともに激突しその左肩と左ひじを強く打ちつけた。その瞬間船越は「痛い」と叫び身体を同外壁にもたせかけるような格好となつたが、その直後伊藤が「何をするんだ。今のは現認したぞ。」「みんな現認したぞ。」「ただ今、五時一五分。」と大声で言つた。すると原告は緊張した面持ちで船越から徐々に離れ、石川キヨ子宅の反対側の金網際まで後ずさりした。また船越が原告を指示し「これがやつた。これがやつた。」と言つたのに対しても原告は何ら否定することもなく、その場に無言のまま茫然と立つていた。船越らはこのため組合員らがひるんだすきに路地を抜け出し、万能町通りから本町国道九号線に出たが、この間五時二六分ころまでなおも組合員らは船越につきまといながら話合いを強要し、その歩行を妨害した。

(五) その後船越は同日午後六時〇五分ころ鳥取県米子市東福原所在の整形外科医院に赴き診察治療を受けたところ、左肩峰突起亀裂骨折、左上腕骨〓部亀裂骨折及び外傷性肩関節炎の傷害のため加療二か月を要すると診断され、このため同月二八日から同年一二月二七日までの一か月間同医院に入院し更に同月二八日から昭和五一年三月二二日までの約三か月間通院加療を受けた。

3  しかも原告は別紙のとおり過去同種の暴力的行為を惹起している。

4  被告は原告による前記暴行傷害を主たる理由として原告を懲戒処分に付することとし、その量定の選択にあたつては原告が過去同種の暴力的行為等を惹起し将来を厳重に戒められていたにもかかわらず反省することなく再演したこと、本件暴行に至る経緯(三2(二)、(三))、本件が全く一方的な加害行為であり傷害の程度も極めて重いこと、その場所も一般公衆の目につくところであり、しかも狭い路地で波型亜鉛鉄板の外壁のある危険な場所であつたこと、その他職場の秩序維持に与える影響、公務員の信用失墜の程度等を勘案して本件懲戒処分に付したものであつて本件懲戒処分は適法かつ正当である。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の事実は否認する。

本件事件については鳥取地方裁判所米子支部昭和五一年(わ)第一二号の原告に対する傷害被告事件において昭和五三年四月二七日公訴事実の証明がないとして同裁判所は無罪の判決を言渡し同年五月一二日自然確定した。

2(一)  同2(一)の事実については認否の限りでない。

(二)  同2(二)の事実のうち当日における帰宅の経路は認める。しかし船越らに対し執拗につきまとい話合いを強要したり、いやがらせをしたことはない。またその進路の妨害をしたこともない。

(三)  同2(三)の事実のうち路地入口付近でもみ合いとなつたことは認める。しかし入口付近から狭い路地を通行するにつき話合いはなされておらず集団は滞留することなく進行した。そのときの組合員ら及び船越らの位置関係は先頭が組合員の小林秀樹、その二メートル位後ろが潮、そのすぐ後ろに原告、その二メートル後ろに船越が左側に伊藤が右側に並びその一メートルないし一・五メートル後ろに安藤が左側、組合員の宮崎が右側に並びその一メートル後ろに末長、浜田、その後ろに佐伯、最後尾が組合員の小林利であつた。

(四)  同2(四)の事実のうち船越が「あいた。」と言つた事実及び伊藤が「現認したぞ。」「ただ今、五時一五分」と発言した事実は認めるが、その余の事実は否認する。本件現場での状況は以下のとおりであつた。すなわち、

前記四2(三)の位置関係から伊藤が原告の右側をぬき潮の右側に並んだ。船越は伊藤と再度並ぼうとして原告の左側の石川キヨ子方壁側を通りぬけようとし原告と壁のわずか四〇センチ位の間隔しかなかつたため船越は左肩を前に出して追いぬこうとしたが、誤つて船越の右肩に原告の左肩下から左腕後方が接触し、その直後船越は左肩を壁に接触させ軽く前傾した姿勢になり「あいた。」と声を発した。原告は誰かに接触され、しかも「あいた。」との声を聞いたので左側に振り返つてみたところ船越がトタン板を背にして立つていた。前方を歩いていた伊藤は「あいた。」との声を聞いて振り返つたところ船越が壁に接触した格好で立つていたので同人が暴行を受けたものと誤信し、同人の傍に引き返し「この態様は何だ。」「現認するぞ。」「ただ今、五時一五分。」とたて続けに発言した。しかし皆伊藤が何をいつているのか分らなかつた。しかもその直後今度は船越が右手で原告の方を指したが皆船越が何をしているのかも分らなかつた。

(五)  同2(五)の事実は不知である。

3  同3の事実は認否の限りでない。

4  同4は争う。

五  原告の反論

1(一)  行政処分の取消訴訟においては処分説明書に記載された具体的事実と同一性のない事実を処分者が該処分の処分該当事実として主張することはできない。すなわち、懲戒処分において被処分者に処分説明書を交付する趣旨は被処分者に処分理由を熟知させ、これにより被処分者の不服申立権を手続的に保障しその身分保障を図るとともに、処分者をして処分の段階で処分事由を確定させ、これにより処分の適法公正を確保するにある。したがつて、右趣旨からすると処分説明書に記載されている事実と同一性のない事実を処分者をして懲戒処分の取消訴訟において懲戒処分の適法性を基礎づける事実として主張することは許されない。

(二)  そうすると被告主張2(二)ないし(四)の原告の船越に対する傷害行為部分以外の午後五時ころから午後五時二六分ころまでの間の原告の船越に対する説得活動部分は処分説明書に記載されておらず、しかも処分説明書記載事項とは時刻、場所、行為態様において明らかに異なり同一性はないものといわねばならない。

2(一)  被告は三2(四)において「原告は……佐伯の右側を足早に追い抜きその前方で潮の前記行為により一瞬立ち止まつていた船越の右背部にやにわに勢いよく体当たりをした。」と主張する。

ところで人事院による取消修正の判定は形成的効力を有し処分者のなした処分を直接変更する効力を生ずる。したがつて人事院の修正裁決があれば被告もその拘束力を受け人事院の認定した事実と異なる事実を主張することはできない。そして、人事院は「原告は船越のやや後方右側を進行中の佐伯を右側から足早に追い抜くとその前に一瞬立ち止まつていた船越の右肩後ろ辺りに胸付近で追突した。」「本件追突は故意に行われたものとは判断し難く、狭い路上を足早で来た原告が佐伯を追い抜いた直後潮の進路妨害で一瞬立ち止まつた船越に追突したとみるのが相当である。」と認定し過失による傷害行為と認定しているのである。したがつて被告は故意による暴行傷害行為と主張することはできない。

六  原告の反論に対する被告の反論

1  昭和五〇年一一月二七日午後五時ころから午後五時二六分ころまでの間に原告が船越に対してなした説得活動と称する一連のいやがらせ行為は本件の傷害行為と基本的事実関係において同一性を有するものである。また、仮に同一性がないとしても懲戒処分取消訴訟における訴訟物は処分の違法一般であるから懲戒処分自体の合法性が審判の対象となるのであつて処分説明書記載の事実のみが審判の対象となるのではない。

2  被告は懲戒処分取消訴訟において人事院に修正裁決に拘束されず事実認定の主張も独自に行いえること明らかである。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求の原因1(原告の地位)、同2(本件懲戒処分の存在、その内容、処分理由)、同4(人事院による修正裁決の存在、その内容)の各事実については当事者間に争いはない。

二1  ところで懲戒停職の処分に対し、国家公務員法九〇条一項に基づき人事院に不服申立がされ、人事院より懲戒減給の修正裁決があつた場合人事院の修正裁決によつて原処分は一体として消滅したものと解される。

2  これを本件についてみるに、人事院のなした修正裁決によつて本件懲戒処分は一体として消滅したものであるから被告中国郵政局長のなした本件懲戒処分の取消を求める本訴請求は訴えの利益を欠く不適法なものというべきである。

三  よつて原告の被告中国郵政局長に対する本件訴えは不適法であるからこれを却下し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(別紙)

〈省略〉

〈省略〉

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